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本音と引き換えに欲しかったものは?

自己観察日記 体験談


具体的な内容は忘れてしまったのですが
いまでも鮮明に覚えている
エピソードがあります

 

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あれは小学生のころでしょうか
親になにか聞かれたときに
とっさに取り繕った返答をしたんです

 

本当は違うんだけど
こう言ったほうが喜ぶんじゃないか、と
幼いながらも考えたんですよね

 

もしかしたら褒めてもらえるかも?
という期待も込めて

 

でも親の反応はイマイチで
思ったような成果(?)は得られませんでした


「だったら本音を言えばよかった」


となってるんじゃないかと
書いているいまも思ったのですが
実際はそうはならなかったんですね

 

よーく思い出してみると

 

本音を言わなくってよかった
もし本音を言って親の反応が悪かったら
もっと悲しくなってしまうから

 

そうやって傷つくことを
回避することにしていたのでした

 

いまでもなかなか本音に気づけなかったり
気がつくのに時間がかかってしまうのは
この長年の「考え方のクセ」が原因だったんですね

 

 

ただ、寂しい

ただ、悲しい

ただ、いまはどうしても気分が向かない

ただ、嬉しい

ただ、会いたい

ただ、好き


ただ、自分が感じる気持ち

 

本音っていつも
ものすごくシンプルで
小さいこどもみたいに
かわいいものなんだなと思います

 

その本音に
素直になれなかったときの
ダメージは大きくて

 

最近になってやっと
「素直になれなかったな~
心がズキズキしてるな~」と
わかるようになってきました

 

痛いし苦しいけど
ちょっと嬉しい

 

 

嫌われたくないとか
傷つけたら怖いとか
本音は隠さなきゃとか
きっと〇〇だろうとか

 

「なにか」のために
「だれか」のために

 

なにより「自分」のためにと

 

押しつぶしてきた自分の気持ち

 

 

小学生だったわたしが
自分のために決めたルールは
大きな愛でもありました

 

親がわたしを傷つけることがないように

わたしがよそで傷ついて悲しみ
親の手をわずらわせないように

 

頑張るから
我慢するから

 

だから
どうか
わたしを愛してほしい

 

愛してほしいってことは
きっと大好きだったんですよねー
親のことを

 

 

たぶんみなさんにも
小さな頃に誓ったことがあって
それがいまでも考え方のベースに
なっている場合があると思います

 

なぜか忘れられない印象的なエピソードに
ヒントがあるかも知れませんね^^*

 

今回もお読みいただきまして
ありがとうございます(*´∀`*)